光をさしてくれるもの

使命について思うこと

今までに、一度は、自分の使命ってなんだろう??って思う事があるのではないだろうか?
なぜ生まれてきたのだろう?そして私は何をすべきなのだろう?そんな風に・・・
私もしかりです。
究極、それを突き詰めていくと、それは「生きること」なのではないかと思った。
いろんなことがあるけれどただただ、生きていく。
今日を、明日を、その次の日を、1日1日を、生きていく。
言葉にすると容易いけれど、苦しみの中にいるときは本当に辛い。

避けることができないものに

生きていると
辛いこと、どうすることもでかないこと、
避けられない痛み、どうして私がと思うようなこと・・・・・
誰にでもあるだろう。

セラピーで身体を通じて気持ちを聞く

彼女にはとある心配な事があった。

それは身体に起きていることで、どうすることもできないことだった。でも、彼女は一見、明るくふるまっていた。

そうやって周りに心配させないとしていたのだ。

だけど、頭の中が色々な思いでぐるぐるしている。

ぐるぐるぐるぐる・・・・していて、本当は辛い。

 

セラピーで、「身体を通じて気持ちを聞く」ことをした。本人さえも気づかないでいた本当の気持ちが出てくる。

迷っていたこと、本当は言いたかったこと、抑えていた気持ち・・・

ひとつひとつ、そういった自分の気持ちに気づいていくと、胸のつかえがとれ、身体が緩み、爽快感を感じる。

気になっていた事自体は、変わらずあるけれど、そこにあった怖さや不安、怒りなどは消え、

大丈夫な感じ、それに対応できそうな感覚、そういったものが彼女の中から出てきた。

 

光を差してくれるもの

どんな苦しみの中にいても、セラピーはいつも優しく、そこに光をさしてくれる。

 

それは時にほんのかすかなものかもしれない。

すぐにはわからないかもしれない。ちょっと時間がかかるかもしれない。

 

もちろんすぐにわかることもある。

気づいたらふとわかることもある。

 

その現れは様々だけれど、ひとつ言えることは、

セラピーはどんな苦しみの中にいても、光を指してくれるもの、そうなのだ。

私はそれを自分の体験として何度も味わい、

そしてクライアントさんとのかかわりを通してその瞬間を幾つも目撃してきた。

 

もしセラピーを知らなかったら、困難と感じることがあったときに

 

どんな選択をしただろうか?

どんな私でいたのだろうか?

もっと暗闇の中に長くいる選択していたかもしれない。

愛という現れ

 ただ身体と感覚とそこに現れる気持ちとに気づき、優しをむけていく・・・・それにはセラピーという名前がついているけれど、その本質は愛の現れ。

これに出会うことができて私は本当に良かった。

そこに光があるということを知ることができた。これが生きる力になることを知った。

セラピーと言えど色々あるけれど、わたしは、いちばん自然な形でそれとともにいたい。

その人のoptimal(最善)な現れを大切にすること・・・・

 

それが自然であり、いちばんやさしく、いちばん強い。そう感じている。

 

2020年もまた、

セラピーがあなたの生きる力の一助になれば嬉しく思います。

2019年、ありがとうございました。ただただ感謝でいっぱいです。

 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。